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東京地方裁判所 昭和47年(ワ)7123号 判決

原告

神崎清

被告

第二コンドルタクシー株式会社

ほか一名

主文

一  被告第二コンドルタクシー株式会社は、原告に対し四八五万〇〇七二円及びうち四四〇万〇〇七二円に対する昭和四七年九月三日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

二  原告の、同被告に対するその余の請求及び被告東京コンドルタクシー株式会社に対する請求を棄却する。

三  訴訟費用中、原告と被告第二コンドルタクシー株式会社との間に生じた分はこれを三分し、その一を同被告の、その余を原告の各負担とし、原告と被告東京コンドルタクシー株式会社との間に生じた分は原告の負担とする。

四  この判決は原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一請求の趣旨

一  被告らは連帯して原告に対し一二八五万二六九六円及びうち一一八七万二六九六円に対する昭和四七年九月三日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

二  訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決及び仮執行の宣言を求める。

第二請求の趣旨に対する答弁

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求める。

第三請求の原因

一  (事故の発生)

原告は、次の交通事故によつて傷害を受けた。

(一)  発生時 昭和四四年八月二九日

(二)  発生地 東京都三鷹市下連雀二一四番地先路上

(三)  被告車 普通乗用自動車(多摩五き三六八七号)

運転者 大沢喜代治(以下大沢という)

(四)  原告車 自転車

搭乗者 原告

被害者 原告

(五)  態様 自転車に乗つて進行中の原告に被告車が接触、原告が路上に転倒したもの。

(六)  原告の傷害部位、程度

(1) 傷病名 脳挫傷、右大腿骨頸部骨折(人工関節)、左大腿骨々折、左下腿骨複雑骨折等

(2) 治療経過 昭和四四年八月二九日から昭和四五年一一月一一日まで野村病院に入院、同日から昭和四七年五月二〇日まで甲州中央温泉病院に入院、同年六月二四日から同年七月二八日まで同病院入院。

(七)  後遺症

1 症状 両股関節拘縮、両膝関節、両足関節拘縮、右下肢短縮(左下肢長八三・五センチメートル、右下肢長八二・〇センチメートル)、昭和四七年四月一八日症状固定。

2 右は自賠法施行令別表等級第六級に該当する。

二  (責任原因)

(一)  被告第二コンドルタクシー株式会社(以下被告第二コンドルという)は、被告車を所有し、自己のために運行の用に供していたものであるから、自賠法第三条により原告の損害を賠償する責任がある。

(二)  被告東京コンドルタクシー株式会社(以下被告東京コンドルという)もまた被告車を保有し、自己のために運行の用に供していたものであるから同条による責任を負う。

すなわち、被告東京コンドルは、被告第二コンドルと実質的に同一会社なのであり、営業免許の関係で形式的に別法人になつていたのにすぎない。

(1) 被告第二コンドルはもと郊外自動車交通株式会社と称していたが、昭和三八年に被告東京コンドルが買収して(株式譲渡)、同年三月二一日に社長を被告東京コンドルの丸山に変更し、本社も同被告の所在地に移した。右郊外自動車交通株式会社は昭和四二年四月二五日第二コンドルタクシー株式会社と西和自動車株式会社を吸収合併した。右両社ともすでに被告東京コンドルが買収(株式譲渡による)してあつたものである。郊外自動車は右二社を合併したうえで同月三〇日に第二コンドルタクシー株式会社と商号変更した。最終的に第二コンドルタクシー株式会社にまとめられた有限会社はじめ交通、郊外自動車有限会社、西和自動車株式会社は、それぞれ被告東京コンドルに株式を買収され(実際は同被告の株主であり代表者である丸山ちはるが株主となる)、同被告の支配下の会社として運営されて来た。

(2) これは一般にタクシー会社に共通することであるが、タクシー会社新設の認可は行政政策上行われてなかつたので、他社を買収するという形で企業規模を拡大したものである。両社は社長同志が同族であり(丸山ちはる、岩田寿の住所が同じ)、役員も岩田寿、岩田竜、奇崎亀吉など共通している。

(3) 被告第二コンドルは昭和四四年一二月、第十日本交通株式会社に従業員も含め営業譲渡し、現在同被告は法人格が残つているのみで実体は何もなく、被告東京コンドル本社の建物内に残務整理の事務所をおいているのみである。

(4) 被告第二コンドルの営業譲渡後は、右のような実態から被告東京コンドルの利益のために行われたものであり、そのため、営業権譲渡後は、被告第二コンドルの事務を東京コンドルが引継ぎ、同被告の営業主任曾根一馬をして残務整理にあたらせていた。また両社の不動産も両社の債務の担保としてあたかも同一会社内のもののように利用されていたものであり、被告第二コンドルを売却することによつて被告東京コンドルの抵当権も整理した。

(5) 車両は両社とも東京トヨペツトより購入し、被告東京コンドル社長丸山ちはるが連帯保証人となつているし、また保険会社も両社とも大成火災海上株式会社と契約している。

(6) 以上の点を考えると、法人格が別とはいえ、両社は実質的に同一会社ないしは、親(被告東京コンドル)、子(被告第二コンドル)会社の関係にあり、被告東京コンドルが、被告第二コンドルの運営そのものを支配し、その運送事業の利益の帰属者となつて来たものというべく、被告東京コンドルもまた被告車の保有者としての責任を負わなければならない。

三  (損害)

(一)  治療関係費 四八万二六六五円

1 治療費 七万一三〇〇円

(1) 甲州中央温泉病院入院費分 五万一九六五円

(2) 中川歯科医院分 一万八一五〇円

(3) 峡東病院分 一一八五円

2 付添看護費 一八万八六〇〇円

(1) 野村病院分 一七万一〇〇〇円

病院では昭和四四年八月二九日から昭和四五年一〇月一〇日まで付添看護を必要と認めたが、被告らは、同年七月七日までしか看護人をつけなかつたため、同月八日から同年一〇月一〇日までは原告の妻茂子が付添看護したので、一日当り一八〇〇円の割合で九五日分合計一七万一〇〇〇円の損害となる。

(2) 甲州中央温泉病院分 一万七六〇〇円

3 温泉療養費 五八〇〇円

4 義足代等 三万二六五〇円

5 薬代 四九五〇円

6 レントゲン写真焼付代 四〇〇円

7 証明書代 三六〇〇円

8 雑費(水枕代、交通、通信、運送費等を含む) 一七万五三六五円

(二)  休業損害 二七六万六一〇四円

1 原告は、長年の繊維関係の経験を生かし、有限会社神崎繊維企画社を設立し、繊維関係の研究書の企画、発行などの事業を行つていたが、実質上原告の個人会社であつたので、原告の受傷により会社そのものが休業状態となり、昭和四六年三月一〇日解散せざるをえなくなつた。よつて被告らは右会社の休業、解散によつて生じた一切の損害を請求すべきであるが、とりあえず右会社の社員として原告が従来受領していた給料及び原告が他からえていた嘱託料、原稿料を基礎として計算すると、右給料は年額七二万円(月六万円)であり、事故前一年間の嘱託料、原稿料の合計は二八万二一〇〇円である。他方本件事故後の昭和四四年一一月から昭和四七年四月分まで休業補償費として月五万円の割合による金員の支給が被告らからなされた。

2 原告は受傷後昭和四七年五月二〇日まで休業した。従つてその間九九五日分の休業損害は一二三万一三八七円となる。

3 その後も原告は就労することができなかつたので昭和四七年五月二一日から昭和四八年一一月三〇日まで五五九日分の休業損害は一五三万四七一七円となる。

(三)  逸失利益 四四二万三九〇〇円

原告は、前記後遺症により、次のとおり将来うべかりし利益を喪失した。その額は四四二万三九〇〇円と算定される。

(生年月日) 大正二年三月七日生

(稼働可能年数) 七・五年

(労働能力低下の存すべき期間) 昭和四八年一二月一日から七・五年

(収益) 年収を前記の給料七二万円と嘱託料、原稿料二八万二一〇〇円の和一〇〇万二一〇〇円とする。

(労働能力喪失率) 六七パーセント

(年五分の中間利息控除) ホフマン複式(年別)計算による。

(四)  慰藉料 五七〇万円

原告の本件傷害及び後遺症による精神的損害を慰藉すべき額は、前記の諸事情に鑑み右の額が相当である。

(五)  損害の填補 一五〇万円

原告は自賠責保険から既に一五〇万円の支払を受け、これを前記損害金の一部に充当した。

(六)  弁護士費用 九八万円

原告は弁護士に訴の提起と追行を委任し、弁護士費用として着手金五万円、成功報酬九三万円の支払を約している。

四  (結び)

よつて被告らに対し、原告は一二八五万二六九六円及びうち弁護士費用を除く一一八七万二六九六円に対する訴状送達の翌日である昭和四七年九月三日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第四被告らの事実主張

一  (請求原因に対する認否)

第一項中(一)ないし(五)は認める。(六)(1)は不知、(2)のうち原告が昭和四四年八月二九日から昭和四七年五月二〇日まで原告主張のとおり入院したことは認め、その余は不知、(七)は認める。

第二項(一)は認める。(二)は否認。

第三項中原告が自賠責保険から一五〇万円の支払を受けたこと弁護士に委任したことは認め、その余の事実は不知(但し被告第二コンドルが昭和四七年四月まで支払つた休業補償費は一七一万円である。)。

二  請求原因に対する被告らの主張

(一)  被告第二コンドルの経歴

1 有限会社はじめ交通

〈省略〉

2 西和自動車株式会社

〈省略〉

3 郊外自動車交通有限会社

〈省略〉

4 昭和四四年一二月一五日被告第二コンドルタクシー株式会社は第十日本交通株式会社に営業を譲渡した。

(二)  被告車の所有関係

被告車は事業用小型乗用車として昭和四三年六月二四日登録され、所有者、使用者は被告第二コンドルで使用の本拠地は三鷹市井口三九五番地であつた。自賠責保険の契約者は同被告であつた。

(三)  被告両社は場所的、人的、物的設備、運行管理等総て別個であり相互に何らの関連性もない。

(四)  以上のとおりであつて、被告第二コンドルと被告東京コンドルは全く別個の会社であるし、何ら関連性がない。社長が同族であるという理由で実質的に同一であるという主張は現行法体系を無視するものである。大沢は被告第二コンドルの従業員で、直接にも間接にも被告東京コンドルから指揮監督を受けていなかつた。

よつて被告東京コンドルは運行供用者でないことは明らかである。

なお被告第二コンドルは被告東京コンドルにおいて残務整理をしているが訴訟物件のみを維持管理しているのである。

三  (抗弁)

(一)  過失相殺

本件事故は大沢の進行する幅員九メートルの道路と原告の進行する幅員四メートルの道路との交差点で発生した。大沢の進行道路は、原告の進行道路に比して明らかに広い道路であるので、原告は一時停止もしくは、徐行等をすべきなのに漫然と広い道路に進出して来たために大沢は原告を発見と同時に急ブレーキをかけたが、間に合わず衝突したものである。右のとおりであつて、事故発生については被害者原告の過失も寄与しているのであるから、賠償額算定につき、これを斟酌すべきである。

(二)  損害の填補 一〇三九万七〇九三円

被告は本件事故発生後、原告に対し次のとおり支払をしたので、右額は控除さるべきである。

1 治療費 五五二万七六八三円

2 付添看護費 一四二万七六五〇円

3 休業補償費 一七一万円

4 国民健康保険求償金 二二万四七一〇円

5 後遺症被害者請求分 一五〇万円

6 その他(見舞、文書料、付添交通費) 七〇五〇円

第五被告らの事実主張に対する原告の答弁及び反論

一  請求原因に対する被告らの主張に対する答弁及び反論

被告らの主張(一)被告第二コンドルの経歴(二)被告車の所有関係は認める。

1  被告第二コンドルの中心となつた郊外自動車交通有限会社は昭和三八年三月二一日被告東京コンドル社長の丸山千春が代表取締役となり、昭和三九年一月二〇日三鷹市井口三九五番地に本店を移転した後、同年三月五日に被告東京コンドルの本店所在地である練馬区桜台三丁目九番地に本店を移転している。

2  有限会社はじめ交通は岩田泰成が社長となり昭和三八年一一月二〇日三鷹市井口三九五番地に敷地を購入して社屋を建設した。

3  西和自動車株式会社は郊外自動車交通有限会社と同様本社を三鷹市井口から、練馬区桜台と移転している。昭和三九年六月五日には岩田泰成が社長に就任している。

4  昭和三九年一月二〇日有限会社はじめ交通は三鷹市井口三九五番地に本店を移しているのであるから、この頃右三社はすべて三鷹市井口に本社を集められた。そのあと、郊外自動車交通有限会社と西和自動車株式会社の本社が被告東京コンドルの本店所在地練馬区桜台に移転されたのである。

5  このような経過を経た後、郊外自動車交通株式会社が昭和四二年四月二五日他の二社を合併し、同年五月一八日練馬区桜台から三鷹市井口に再度本店を移転し、同月二二日頃商号を第二コンドルタクシーと変更したものである。

6  以上の経過を考えると被告第二コンドルは被告東京コンドルと不可分一体のものとして操作され、運営されていたものといわなければならない。

二  抗弁事実に対する原告の認否

(一)  抗弁(一)(過失相殺)は否認する。

大沢が進行した道路は、幅八・七メートルの歩車道の区別のない比較的狭い商店街の通りであつて、原告が進行した道路は、幅五メートルの道路である。原告は本件交差点にさしかかり一時停止しまず右方から進行して来る車がないことを確認し、次いで左方を見たところ、遠方に被告車が進行して来ることを確認した。しかしその間隔は十分通りきるだけの余裕があつたので横断を開始したものである。大沢は制限時速が四〇キロメートルであるにもかかわらず時速八〇キロメートルで本件道路にさしかかつた。その速度、停止地点から考えれば、三五ないし四〇メートル前方で原告を発見し制動をかけたと考えざるをえない。よつて本件は大沢の極端な速度違反と前方不注視の過失により発生したものであり、原告には何ら過失はない。

(二)  抗弁(二)(損害の填補)のうち1、2は不知(但しいずれも本訴請求外である。)3のうち一五〇万円の支払を受けた限度で認めるが、その余は否認。4不知(但し本訴請求外である。)、5は認める、6は否認。

第六証拠関係〔略〕

理由

第一

一  事故の発生

請求の原因第一項中(一)ないし(五)、(六)のうち、原告が昭和四七年五月二〇日まで入院したこと、同(七)は当事者間に争いがない。

〔証拠略〕によれば、原告は昭和四八年二月一九日から七月六日まで入院治療をしたこと、昭和四七年五月二〇日付で甲州中央温泉病院から、歩行困難(杖使用三〇メートル歩行可)下肢運動の障害及び関節運動障害、下肢の衣服着脱困難、右股関節は人工関節で人工骨頭を使用しているし、左膝関節は著しい屈曲障害で全くしやがめない、右下肢は人工関節のため著しい荷重障害があり、松葉杖でないと歩行困難であるとの診断がなされていることが認められる。

二  責任原因

(一)  (被告第二コンドル)

同被告が運行供用者であることは当事者間に争いがないから、同被告は自賠法第三条により原告の損害を賠償する責任がある。

(二)  (被告東京コンドル)

1 〔証拠略〕によれば、被告第二コンドルは昭和三〇年一月二八日設立された有限会社はじめ交通(昭和三五年一〇月一〇日はじめ交通株式会社と組織変更、昭和三五年一〇月二六日第二コンドルタクシー株式会社と商号変更)、昭和三七年二月一五日設立された西和自動車株式会社、昭和三〇年一月一〇日設立された郊外自動車有限会社(昭和三四年三月一八日郊外自動車交通有限会社と商号変更、昭和四一年一〇月一九日郊外自動車交通株式会社に組織変更)が昭和四二年四月二五日合併し、郊外自動車交通株式会社となつた後、同月三〇日第二コンドルタクシー株式会社と商号変更されたものであり、同社は、昭和四四年一二月一五日第十日本交通株式会社に営業を譲渡したこと(以上の事実は当事者間に争いがない)。

2 合併前の有限会社はじめ交通、西和自動車株式会社、郊外自動車交通有限会社が、昭和三九年三月頃は、被告東京コンドルの本店所在地東京都練馬区桜台三丁目九番地と同一番地に本店をおいていたこと。

3 本件事故当時被告第二コンドルと同東京コンドルは社長同志が同族であり、役員も三名は共通していたこと、営業用の車両は両社とも東京トヨペツトから購入し、被告東京コンドル社長の丸山ちはるが連帯保証人となつていたこと、両社の不動産は、互いに両社の債務の担保として利用されたことがあること、被告第二コンドルの営業が第十日本交通に譲渡された後は、原告に対する損害賠償関係(残務整理)の事務については、同被告の職員である曾根一馬、渉外課長大塚守治が同被告の総務部長の命令により取り扱い当初は第十日本交通の一室を借り受け、その後は、被告東京コンドルの一室で事務を処理したこと、右大塚は被告東京コンドルの外他のコンドル系(被告第二コンドルも含め)の会社の交通事故処理に携わつていたこと。

4 原告への賠償金内金の支払は、被告東京コンドルの代表取締役丸山ちはる名義の小切手や現金でなされ、右出金は、同被告の部長や専務の指示、決裁を経て曾根一馬らが行つていたことが認められるのであるが、他方

(1) 被告車は事業用小型乗用車として昭和四三年六月に登録され、所有者、使用者は被告第二コンドルで、使用の本拠地は三鷹市井口三九五番地(同被告の本店所在地)であり、強制、任意保険とも被告第二コンドルとして保険契約をしていたこと。

(2) 被告第二コンドルと同東京コンドルは営業場所、人的、物的設備を異にし(被告第二コンドルは三鷹市井口、被告東京コンドルは東京都練馬区桜台)、両社は別個の運行管理者をおいていること、大沢は被告第二コンドルの従業員であつたこと、被告第二コンドルの営業譲渡前両社の運転手等を互いに臨時に使用することなどもなかつたこと(以上(1)(2)は証人加藤竹雄、同曾根一馬の各証言により認められる)を併せ考えるときは、前認定の事実から直ちに被告東京コンドルが被告車の運行供用者であつたと推認することは困難であり、成立に争いない乙第九号証の記載をもつてしても未だ右認定を左右するに足りない。被告第二コンドルの営業譲渡後も被告東京コンドルが原告の損害金の一部を支払つたのは、被告第二コンドルの任意保険から回収しうるとの見込があつたからであるとも解されるので、この事実もまた前認定を妨げるものではなく、他に被告東京コンドルが運行供用者であることを認めるに足りる証拠はない。従つて同被告に対する請求は、その余の判断をするまでもなく失当である。

二  損害

(一)  損害

1 治療関係費 四二万八八〇〇円

(1) 治療費 七万一三〇〇円

(イ) 甲州中央温泉病院分 五万一九六五円

〔証拠略〕により認められる。

(ロ) 中川歯科医院分 一万八一五〇円

〔証拠略〕により認められる。

(ハ) 峡東病院分 一一八五円

〔証拠略〕により認められる。

(2) 付添看護費 一六万〇一〇〇円

(イ) 〔証拠略〕を併せ考えると昭和四五年七月八日から同年一〇月一〇日まで原告の野村病院入院中原告の妻神崎茂子が付添看護したことが認められるので、前認定の原告の傷害部位、程度からみて一日当り一五〇〇円の割合で九五日分合計一四万二五〇〇円を認める。

(ロ) 〔証拠略〕により原告が甲州中央温泉病院入院中の付添看護費として一万七六〇〇円を支出したことが認められる。

(3) 温泉療養費 五八〇〇円

〔証拠略〕により認められる。

(4) 義足代等 三万二六五〇円

〔証拠略〕により認められる。

(5) 薬代 四九五〇円

〔証拠略〕により認められる。

(6) レントゲン写真焼付代 四〇〇円

〔証拠略〕により認められる。

(7) 証明書代 三六〇〇円

〔証拠略〕により認められる。

(8) 入院雑費(水枕代、交通、通信、運送費等を含む) 一五万円

〔証拠略〕によれば、原告は入院期間中少くとも一五万円の雑費を要したものと推認される。

2 休業損害 四二五万六四〇六円

〔証拠略〕によれば次のような事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

原告は、長年の繊維関係の仕事における経験を生かし、昭和四二年一〇月有限会社神崎繊維企画社を設立し、原告を含めて二、三名の調査員により繊維関係の調査、研究、繊維に関する書籍の出版等の事業を行つて来た。原告は、右会社の代表取締役として年額七二万円の給料を得、右の外に他所から原稿料、嘱託料、顧問料、として少くとも年額二八万円を下らない収入を得ていた。しかるに原告は本件事故にあつたため、本件事故後昭和四八年一一月三〇日まで全く働けず収入を得られなかつたことが認められるのでその間の休業損害は、一日当り二七三九円の割合により一五五四日分合計四二五万六四〇六円となる。

3 逸失利益 三七六万円

〔証拠略〕によれば、原告は、前認定の後遺症により、もはや事故前のような仕事に従事することは出来ず、昭和四八年一二月一日から七年間にわたり平均して六五パーセントの労働能力を喪失したものと認められるから、前記年収一〇〇万を基礎にし、年五分の中間利息をライプニツツ式計算法で控除すると原告の遺失利益の同年一一月三〇日における現価は次のとおり三七六万円(万円未満切捨)となる。

(計算)

一〇〇万×〇・六五×五・七八六三=三七六万一〇九五

4 慰藉料 五〇〇万円

前認定の原告の傷害及び後遺症の部位、程度、治療経過、その他本件記録にあらわれた一切の事情(原告の過失は一応度外視する)を併せ考えると慰藉料として五〇〇万円が相当である。

5 総損害 二〇一五万〇四四六円

〔証拠略〕を併せ考えると以上1ないし4の合計一三四四万五二〇六円の外原告には以下の損害があつたことが認められる。

(1) 治療費 五〇七万三三三〇円

(2) 〃 (国民健康保険使用分) 二二万四七一〇円

(3) 付添看護費 一四〇万四二〇〇円

(4) その他 三〇〇〇円

(文書料二〇〇〇円、付添費と交通費一〇〇〇円)

(5) 以上合計 六七〇万五二四〇円

従つて原告の総損害は二〇一五万〇四四六円となる。

(二)  過失相殺

1 〔証拠略〕を併せ考えると次の事実が認められ、〔証拠略〕の記載中この認定に反する部分は採用せず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

(1) 本件事故現場は国電三鷹駅東南方約一〇〇メートルの地点で南浦方面(東南)から国電三鷹駅西踏切(西北)に通ずる道路(以下甲道路という)と玉川上水(北)方面から南に通じる道路(以下乙道路という)が交わつて形成されている交通整理の行われていない交差点である。甲道路は、歩車道の区別のない幅員八・七メートルのアスフアルト舗装道路で、制限時速四〇キロメートルとされている。乙道路は歩車道の区別のない幅員五メートルのアスフアルト舗装道路であるが、事故当時は、本件交差点以北は道路工事のため舗装部分をはがしてあつた。甲、乙道路とも直線、平坦で、当時乾燥していた。甲道路両側は店舗、住宅が並んでおり、各店の照明と、五〇メートル置きに設置された街路灯の照明により交差点付近の甲道路上は五〇ないし六〇メートルの見とおしがきく。甲道路と乙道路の見とおしは、互いに悪い。

甲道路上ほぼ中央を交差点内外にわたり二一・五メートル(右後輪被告車進行方向に向つて。以下同じ)二一・七メートル(左後輪)の二条のスリツプ痕がついていた。

(2) 大沢は被告車を南浦方面から本件交差点に向け甲道路上を運転し、時速約八〇キロメートルで事故現場から約五五メートルの地点に至つたとき前方約二八メートルの地点左側を歩行者が三名横に並んで歩いて来るのを認め、ハンドルを右に切り、道路中央部分を進行したところ、右前方約三五メートルの地点に乙道路から本件交差点に向け南進して来た原告車を発見し、直ちに急ブレーキをかけたが間に合わず、右交差点中央付近で衝突し、原告を被告車のボンネツト上に乗せたまま約六ないし七メートル進行し停止した。

(3) 一方原告は原告車に乗つて乙道路を南進し本件交差点に差しかかつた際、まず自己の右方の安全を確認した後、左方を見たとき被告車が進行して来るのを認めたが、自車の方が先に通過できるものと判断し交差点に進入し被告車と衝突した。

(4) 前認定のような道路状況で被告車を運転、進行する大沢としては、制限速度内で進行するのは勿論、前方をよく注意し、交差道路から交差点に進入して来る車両と衝突したりすることのないようにする義務があるのにこれを怠つた過失があること明らかであるが、他方原告には、交差点に進入するのに際し、左方から被告車が進行して来るのを認めながら、自車が先に通過しうるものと速断した過失があり、右過失が事故発生の一因をなしていることが認められるので、この点を斟酌し被告第二コンドルは原告の前記損害のうち七割にあたる一四一〇万五三一二円を賠償すべきものと判断する。

(三)  損害の填補 九七〇万五二四〇円

1 被告第二コンドルの支払分

原告の総損害の項掲記の各証拠により、被告第二コンドルは原告に対し同項記載の治療費(1)(2)、付添看護費(3)、文書料等(4)合計六七〇万五二四〇円の支払をしたことが認められる。

2 休業補償費 一五〇万円

被告主張の一七一万円のうち一五〇万円が支払われたことは当事者間に争いがないが、その余の分については、〔証拠略〕をもつてしては、未だ原告がこれを受領したことを認めるに足りず、他にこれを認めるに足る証拠もない。

3 見舞金

〔証拠略〕に記載してある昭和四四年一二月一一日(二五五〇円)と昭和四六年二月一九日(一五〇〇円)の支払は見舞金と認められるので、損害の填補金に入れない。

4 自賠責保険金 一五〇万円

原告が自賠責保険から一五〇万円の支払を受けたことは当事者間に争いがない。

5 従つて右1、2、4の合計九七〇万五二四〇円を被告第二コンドルの賠償分から控除する。

(四)  弁護士費用 四五万円

以上により被告第二コンドルは原告に対し、四四〇万〇〇七二円を支払う義務があるところ、証人神崎茂子(第一、二回)の証言及び弁論の全趣旨によれば、同被告は、その任意の支払をしないので、原告はやむなく弁護士たる本件原告訴訟代理人に本訴の提起と追行を委任し、弁護士費用として九八万円の支払を約していることが認められる。

しかし本件事案の内容、審理の経過、認容額に照して同被告に負担させうる弁護士費用相当分としては四五万円が相当である。

第二結び

よつて被告第二コンドルは、原告に対し四八五万〇〇七二円及びうち弁護士費用を除く四四〇万〇〇七二円に対する事故発生の日より後である昭和四七年九月三日から支払ずみに至るまで民法所定の年五分の割合による金員の支払をする義務があるので、右の限度で原告の請求を認容し、同被告に対するその余の請求及び被告東京コンドルに対する請求をいずれも失当として棄却し、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条、仮執行の宣言について同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 佐藤壽一)

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